AIは「物理世界」を学び始める ― 大規模物理モデルが切り開くフィジカルAIの時代

ロボット

ChatGPTのような生成AIは、人間の言葉を理解し、文章を書き、質問に答えることができる。その中心にあるのが、大規模言語モデル(LLM)だ。

では、AIが現実世界でロボットとして活動するには、言葉だけを理解していれば十分なのだろうか。

答えはおそらく「違う」。

ロボットには、言葉だけでなく「物理世界」を理解する能力が必要になる。その中核技術として注目されているのが、「大規模物理モデル(Large Physics Model)」だ。

AIは物理法則を理解できるのか

大規模言語モデルは、「次に来る単語」を予測することで言語を理解している。

一方、大規模物理モデルは、「次に世界がどう変化するか」を予測する。

例えば、

  • コップを押したら倒れる
  • ボールを投げたら放物線を描く
  • 重い箱は軽い箱より持ち上げにくい

こうした人間にとって当たり前の物理的な常識を学習する。

人間は幼い頃から、物を落としたり、押したり、掴んだりしながら「世界の仕組み」を体験的に覚えていく。

ロボットにも同じような能力が必要になる。

最大の課題は「データがない」こと

しかし、大規模物理モデルには一つ大きな問題がある。

それは、学習データを集めるのが非常に難しいことだ。

大規模言語モデルには、インターネット上に膨大な文章データが存在していた。

しかし、ロボットには「物理世界のインターネット」が存在しない。

ロボットが実際に歩き、物を掴み、ドアを開ける経験は、一つひとつ現実世界で積み重ねる必要がある。

しかも、

  • ロボットは壊れる可能性がある
  • 人間の監視が必要になる
  • 一日に動ける時間にも限界がある

という制約がある。

つまり、言語データと比べて物理データは圧倒的に集めにくい。

シミュレーションだけでは足りない

では、シミュレーションだけで学習すればよいのだろうか。

確かにシミュレーションには大きな利点がある。

何百万回でも失敗でき、現実では危険な実験も高速で繰り返せる。

しかし、現実世界を完全に再現することはできない。

例えば、

  • タオルの柔らかさ
  • 髪の毛の動き
  • 水の流れ
  • 摩擦や滑りやすさ

こうした複雑な現象は、シミュレーションだけでは再現しきれない。

そのため現在の主流は、

シミュレーションで大量に学習し、現実世界で微調整する

という方法になっている。

データ収集のやり方

では、現実世界のデータをどう増やすのか。

現在、有力と考えられている方法はいくつかある。

まずはロボットの台数を増やすことだ。

もし100万台のロボットが世界中で稼働すれば、それぞれが毎日新しい経験を積み続けることになる。

さらに、人間が撮影した動画から学習したり、人間が遠隔操作したロボットの動きを教師データとして利用したりする研究も進んでいる。

そして将来的には、ロボット同士がクラウドを通じて経験を共有することも期待されている。

東京でロボットが新しい家電の使い方を覚えれば、その知識を翌日にはニューヨークやロンドンのロボットも利用できる。

これは人間にはできない、AIならではの学習方法だ。

「現実世界のデータ」における競争

生成AIの時代には、「どれだけ多くのテキストデータを持っているか」が競争力だった。

しかし、フィジカルAIの時代には競争の軸が増えるかもしれない。

重要になるのは、

どれだけ多くの現実世界のデータを集められるか。

そして、

どれだけ多くのロボットが経験を共有できるか。

大規模物理モデルの性能は、アルゴリズムだけで決まるものではない。

世界中のロボットが積み重ねる膨大な経験そのものが、AIの知能を育てる時代がやってくる。

大規模言語モデルがAIに「言葉」を与えたとすれば、大規模物理モデルはAIに「身体感覚」を与える技術と言えるだろう。

そして、その身体感覚を誰よりも早く、誰よりも多く育てられる企業こそが、フィジカルAI時代の主導権を握るのかもしれない。

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