ベーシックインカムについて考えるとき、よく問題点として挙げられるのが「働く人が減るのではないか」ということだ。
すべての人に一定のお金が無条件で給付されるなら、
「それなら働かなくてもいいのでは?」
と考える人が出てくるのは当然だろう。
実際、働く人が減れば、社会に必要な仕事をする人が不足する可能性がある。
しかし、ここで一つ疑問がある。
そもそも、働く人が減ることは本当に悪いことなのだろうか。
この問題を考えていくと、ベーシックインカムそのものだけではなく、「人間はなぜ働くのか」というところまで考える必要がある。
ベーシックインカムの問題点は何か
ベーシックインカムとは、所得や仕事の有無などにかかわらず、すべての人に一定額のお金を定期的に給付する仕組みのこと。
最低限の生活を保障することで、貧困を減らしたり、失業しても生活がすぐに破綻しないようにしたりすることが期待されている。
また、生活のために無理な仕事を続ける必要がなくなるため、転職や学び直し、新しいことへの挑戦もしやすくなる。
一方で、当然ながら問題もある。
特に大きいのが、
- 財源をどうするのか
- 物価が上昇しないか
- 既存の社会保障をどうするのか
- 必要な労働力をどう確保するのか
といった問題だ。
その中でも、「働く人が減る」という問題は、ベーシックインカムを考えるうえで分かりやすい懸念の一つだろう。
ベーシックインカムで本当に働く人は減るのか
例えば、毎月10万円のベーシックインカムがもらえるとする。
そうなれば、今まで生活費を稼ぐために働いていた人の中には、
「最低限の生活ができるなら、そこまで働かなくてもいい」
と考える人が出てくるかもしれない。
特に、低賃金であったり、長時間労働だったり、肉体的にきつかったりする仕事ほど、その影響は大きくなる可能性がある。
しかし、それによって人が集まらなくなった仕事はどうなるのだろうか。
企業は、人を集めるために賃金を上げたり、労働環境を改善したりする必要が出てくる。
それでも人が集まらなければ、AIやロボットによって自動化するという選択肢も出てくる。
つまり、「働く人が減る」という現象は、必ずしも社会にとって悪いこととは限らない。
今まで人間が低い待遇で担っていた仕事を、
「本当に人間がやる必要があるのか?」
と問い直すきっかけになるからだ。
そもそも働くことは必要なのか
ここで、もっと根本的なことを考えてみたい。
人間は本当に「働かなければならない」のだろうか。
もちろん、生きていくためには食料を確保したり、住居を維持したり、人と協力したりする必要がある。
しかし、
「生きるために何らかの活動をすること」と「賃金労働をすること」は同じではない。
現在の社会では、生活に必要なものの多くをお金で購入する。
そのため、
生活する
↓
お金が必要
↓
お金を得るために働く
という構造になっている。
だから「働かなければ生きられない」と感じる。
しかし、それは人間にとって絶対的なルールというわけではない。
もし社会に必要なものを、人間がほとんど働かなくても生産できるようになったら、この関係は変わってくる。
「働かない」と「何もしない」は違う
ベーシックインカムによって生活のために働く必要がなくなったとしても、人間が何もしなくなるとは限らない。
例えば、
- 何かを作る
- 勉強する
- 研究する
- 芸術をする
- スポーツをする
- 子どもを育てる
- 人と交流する
- 誰かを助ける
といった活動は、必ずしもお金を稼ぐためだけに行っているわけではない。
人間は、生活が保障されれば何もしたくなくなるというより、むしろ自由になった時間で「自分がやりたいこと」を探す可能性がある。
つまり、
働かなくなることと、何もしなくなることは別なのだ。
AIによって「働く必要性」は変わる
そして、この問題をさらに大きく変える可能性があるのがAIやロボットだ。
これまでの社会では、人間が働かなければ社会に必要なものを生産できなかった。
しかし、AIやロボットの能力が高まれば、これまで人間が担っていた仕事を機械が代替できるようになる。
例えば、100人必要だった仕事をAIやロボットによって10人でできるようになったとする。
このとき、
「90人分の仕事がなくなった」
と考えることもできる。
一方で、
「90人分の労働を必要としないほど社会の生産性が高まった」
と考えることもできる。
もし後者が現実になっていくのであれば、「働く人が減ること」そのものを問題にする意味は小さくなっていく。
重要なのは、人間が何人働いているかではなく、人間が働かなくても社会を維持できるだけの生産力があるかどうかだからだ。
ベーシックインカムはAI時代に意味が変わる
AIによって人間の仕事が減っていくと、別の問題も出てくる。
AIやロボットが生み出した利益を、誰が受け取るのかという問題だ。
人間の労働が減ったとしても、AIやロボットを所有する企業には利益が入る。
すると、
「仕事は減ったけれど、AIによって生み出された豊かさを一部の人しか受け取れない」
という状況になる可能性がある。
そこでベーシックインカムが、
AIやロボットによって生み出された豊かさを社会全体に分配する仕組み
として意味を持ってくる可能性がある。
そう考えると、AI時代のベーシックインカムは単なる貧困対策ではなく、
「人間の労働が必要なくなった社会で、どうやって豊かさを分配するのか」
という問題への一つの答えになるかもしれない。
「働かなくてもいい社会」は悪い社会なのか
これまでの社会では、
「働くことは当然」
という考え方が強かった。
しかし、その背景には「働かなければ生活できない」という事情がある。
もしAIやロボットによって、人間が働かなくても十分なモノやサービスを生み出せるようになったとしたら、その前提を維持する必要はなくなるかもしれない。
そうなったとき、人間に求められるのは、
「どうすれば仕事を作れるか」
ではなく、
「仕事をしなくても生きられるなら、何をしたいのか」
を考えることになる。
ベーシックインカムの本当の意味は、「人間を働かなくさせること」ではないのかもしれない。
むしろ、
「生きるために働かなければならない」という状態から人間を解放すること
にあるのではないだろうか。
もちろん、財源や物価、必要な労働力など、ベーシックインカムには解決しなければならない問題がある。
それでも、「働く人が減る」という問題だけを理由に否定するのは少し違うように思う。
もし社会が、人間の労働をそれほど必要としないほど豊かになったのなら、働く人が減ることは「社会の衰退」ではなく、社会が次の段階へ進んだ結果とも考えられるからだ。
これからAIやロボットが人間の仕事を代替していくほど、
「人間は働かなければならないのか?」
という問いは、これまで以上に重要になっていく。
そしてベーシックインカムは、その問いに対して、
「働くことを生きるための義務ではなく、選択にできるのではないか」
と考えるための制度なのかもしれない。
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