子供がスマホばかり見ている姿に、不安を感じる人は少なくない。
動画を見続けたり、ゲームに夢中になったり、気付けば何時間も経っていたりする。
「スマホ依存」という言葉も、今では当たり前のように使われるようになった。
確かに、スマホは子供たちの生活を大きく変えた。
しかし、ふと思う。
私たちが本当に心配しなければならないのは、スマホなのだろうか。
スマホの先にはAIがある。
そしてこれからの子供たちは、生まれた時からAIが身近にいる世界で育っていく。
本当に考えるべきなのは、「スマホに使われる子供」ではなく、「AIに使われる子供」なのかもしれない。
スマホに使われるとはどういうことか
スマホそのものが悪いわけではない。
調べ物もできるし、勉強にも役立つ。
問題は、スマホを使うことではなく、スマホに使われることにある。
何かを調べるために開いたはずなのに、気付けばおすすめ動画を見続けている。
少しだけSNSを確認するつもりが、いつの間にか時間が過ぎている。
そんな経験は、大人にもあるだろう。
自分がスマホを操作しているようでいて、実際にはスマホが自分の時間や注意を奪っている。
これが「スマホに使われる」という状態だ。
AIはもっと身近な存在になる
では、AIはどうだろうか。
AIは動画をおすすめするだけではない。
勉強を教えてくれる。
分からないことを説明してくれる。
相談にも乗ってくれる。
作文を手伝い、アイデアも出してくれる。
子供にとっては、いつでも話しかけられる先生であり、家庭教師であり、ときには相談相手にもなるだろう。
教育という視点で見れば、これほど心強い存在はない。
だからこそ、AIはこれから急速に子供たちの生活へ入り込んでいくはずだ。
だからこそ気になること
便利なものほど、人は頼るようになる。
これはAIに限った話ではない。
地図をナビに任せるようになった。
検索をインターネットに任せるようになった。
そしてこれからは、考えることの一部をAIへ任せるようになるのかもしれない。
もちろん、それ自体が悪いわけではない。
人間は便利な道具を使いながら発展してきた。
しかし、ここで一つ気になることがある。
AIにはどこまで任せてもいいのだろうか。
AIに使われる子供とは
AIに使われる子供とは、AIに命令される子供ではない。
むしろ、その逆である。
AIは子供に寄り添う。
分かりやすく教えてくれる。
最適な答えを提案してくれる。
だからこそ、子供は自然とAIを頼るようになる。
分からなければAIに聞く。
迷ったらAIに相談する。
何かを決める時もAIに意見を求める。
それが当たり前になった時、自分で考える時間は少しずつ減っていくかもしれない。
AIが奪うのは時間ではない。
自分で試行錯誤する機会なのかもしれない。
子供だからこそ考えたい
もちろん、大人もAIを使う時代になる。
しかし、大人にはAIのない時代を生きてきた経験がある。
一方で、これからの子供たちは違う。
物心ついた頃からAIがそばにいる。
分からないことがあればAIに聞くことが当たり前になる。
だからこそ、子供たちはAI時代を最も色濃く映し出す存在になるのではないだろうか。
子供の姿を見れば、少し先の社会が見えてくる。
そんな時代になるのかもしれない。
AI時代に育てるべきもの
AIを遠ざけることは現実的ではない。
むしろAIを使いこなす力は、これからますます重要になっていくだろう。
だから教育で大切なのは、「AIを使わせないこと」ではない。
AIを使いながらも、自分で考え続ける力を育てることではないだろうか。
自分は何が好きなのか。
何を大切にしたいのか。
何を実現したいのか。
AIは答えを出してくれる。
しかし、その答えをどう受け止め、どう判断するのかは、人間にしかできない。
子供たちはこれから、AIと共に育つ最初の世代になる。
だからこそ私たちは、「AIをどう使うか」だけではなく、「AIとどう向き合う人間を育てるのか」を考える時代に入ったのかもしれない。
広告
